「テクニカルへの道・・・いつか戸隠を満喫できる日を夢見て…」by tomtom

スキーの神様と出会えた FISワールドカップでの思い出…

2010/03/21 15:34  

ステンマルク ステンマルク2 ステンマルク3

自分にとって
FISワールドカップを
もっとも身近に感じた時代。
それは、自分の中学生時代。
昭和52年(1977年)と昭和54年(1979年)の
FISワールドカップ富良野大会。
ゲレンデのコース脇にかじりついて、
選手達の滑りに釘付けになっていたあの日。。


そのころは
何といっても “スキーの神様” スウェーデンの
インゲマル・ステンマルクが 
絶対王者として君臨していた時代。
その強さたるや、当時は、優勝しないことに驚かれるほどのもの・・・


(wikipediaより勝手に引用しちゃいます)
プロフィール :
ワールドカップ通算歴代一位の86勝を誇る20世紀を代表する男子アルペンスキー選手。
全盛期には100分の1秒単位で争われる技術系の種目(回転と大回転)において、しばしば5秒前後の異次元の大差をつけて優勝するなどライバルを圧倒し、「ステンマルクに次ぐ2位は優勝と同じ価値がある」とライバル選手たちに言わしめた。
FISワールドカップでは通算勝利数86は2位のヘルマン・マイヤーに30以上の大差をつけており、「史上最強の天才スラローマー」の呼び声も高い。1976年から1978年の間、総合優勝している。1977-78シーズンとと1978-79シーズンには、出場した全ての大回転に優勝している。1979-80シーズンも、11戦10勝であった。回転についても、1975-76シーズンは7戦7勝、1976-77シーズンは10戦9勝、1981-1982シーズンは9戦8勝、1979-80シーズンは8戦7勝、1974-75シーズンは8戦7勝、1980-81シーズンは10戦8勝である。



富良野のゲレンデで
すぐ目の前をあっという間に滑り降りる
“スキーの神様”を見て、
当時、子どもながらに激しく感動したことを
しっかりと覚えています。
ステンマルクのはいていたELANが
魔法のスキー板のように思えたものでした。



ステンマルクとともに戦った選手達で思い出深いのが、
1984年のサラエボオリンピックのアルペン男子回転で金銀をとった
米国の双子のメーア兄弟。
このメーア兄弟のはいていた K2 にも
当時、激しく憧れてました。。
兄のフィル・メーアは1981年から83年まで
3年連続でW杯総合優勝を達成。
そのフィル・メーアたちをして
「ステンマルクに次ぐ2位は優勝と同じ価値がある」
と言わしめてしまうんですから、
ステンマルクがどれほどに強かったことか。


1989年の引退から20年あまりを経たいまになっても、
ステンマルクのW杯通算86勝は破られていません。
まさに、歴史上に輝くスラローマー!
その滑りを目の前で見られたことは
自分にとっての大きな宝物です♪



http://www.youtube.com/watch?v=h_etULOdwf8


ステンマルクとフィル・メーアに書いてもらったサインが
引越しを重ねる中で行方不明になってしまいました・・・。
でも
「サイン」以上に大切な
「記憶」 が
こころにしっかりと、
残りました。。。



(おまけ)

http://www.youtube.com/watch?v=30rZ-MKN4Jw


→外部ブログで続きを読む

http://yukibito.com/2112/diary/90/



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tomtom

近いうちに戸隠でスキーをしてみたい!

40代半ばを過ぎ改めて「スキーを極めてみたい」と思い立ちました。テクニカル合格を目標に日々精進です。冬の戸隠はまだ未経験。近いうちに必ず!と思っています。