「テクニカルへの道・・・いつか戸隠を満喫できる日を夢見て…」by tomtom
「わたスキ」の【超個人的】経済効果考・・・
2010/03/07 09:40
「私をスキーに連れてって」。
世代によって この映画への想いはまちまちかもしれません。
この映画が公開された1987年に
社会人2年目だった私は まさに
「どんピシャ」世代!
この映画にムチャクチャ触発されて
まだ安月給なのに車を手に入れ
大渋滞をものともせず
行ってもリフト待ちで大混雑のスキー場へ
気が狂ったように通って・・・
関越自動車道で東京から岩原に行くまでに
13時間かかったこともありました。
今思えば なんと忍耐深かったことか。。
あれから20数年が経ち
きっと今は 「わたスキ」なんて知らない って方もいらっしゃるはず。
ということで ウィキから勝手引用しちゃいます。
私をスキーに連れてって
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『私をスキーに連れてって』(わたしをスキーにつれてって)は、1987年11月に公開されたホイチョイ・プロダクションズ製作、原田知世主演の映画である。『彼女が水着にきがえたら』・『波の数だけ抱きしめて』と続くホイチョイ三部作の第1作。本作品のヒットがスキーブームの火付け役となった。
本作品内のスキー指導は、元アルペンレーサーの海和俊宏が行っており、劇中にも登場している。 矢野の吹き替えで滑走しているのは、当時のトップデモンストレーターである渡部三郎である。
(なるほどなるほど、そういえばそういう話、当時にも聞いた記憶あるかも。。)
ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
某一流企業に勤める矢野文男は、会社では冴えない軽金属部の社員。ところがいったんゲレンデに出れば、誰もが舌を巻く名スキーヤーである。今日も会社を定時に上がり、仲間とクリスマススキーへ出かける。奥手の文男はなかなか女の子と喋れず、仲間が用意した女の子にも全く興味がない。
そこへ仲間のヒロコと真理子が、雪に埋もれている女の子を見つける。文男と泉と小杉が助け出すと、その娘に文男は一目惚れ。その雰囲気を敏感に感じたヒロコと真理子は、その娘と文男を強引にくっ付けようとする。娘は池上優といい、友人と二人でスキーに来ていたのだ。優と二人きりになれた文男だが、奥手ぶりは治らない。そこへ横槍を入れてきた泉は、連れてきた女の子を文男の彼女だと優の前で言い放つ。誤解した優は文男に嘘の電話番号を教えるが、二人は同じ会社の社員だった・・・。
いやー、思い出しますね。
これを最初にみたときは
自分で勝手に盛り上がるにいいだけもりあがっちゃって。
思い出しついでに
ちょっと 映像のさわりも 見ちゃいましょう。
興味をそそられた方は どうぞご一緒に♪
では、はいっ、スターート!
http://www.youtube.com/watch?v=NXW2-5Iiq4o
http://www.youtube.com/watch?v=n7lLk1I3fvs
この映画からは
当時 「わたスキ」フリークの間で流行った、
数々の名言も生まれました。
見てないひとにとっては なんのこっちゃ ってやつですが
とあるサイトから 「あなたの好きなわたスキ名セリフ」 を引用させていただくと・・・
第1位 凍ってるね
第2位 オンナ26,いろいろあるわ
第3位 5時間かけてフラれに行くんじゃバカだよな
第4位 取りあえず
第5位 バーン
(以降、ご興味あれば ↓ をごらんあれ)
http://vote3.ziyu.net/html/pina.html
私と同世代の男性の方の中には 少なからず
第5位の 「バーン」 を女子にされたくて
スキーテクニック磨きに一層の気合が入った御仁もおられるはず。。
かくいう私もそのひとりですから!
私にとって「わたスキ」経済効果がピークだったのは
おそらく1988年から90年にかけての3シーズン。
世の中のバブル景気のそれも後半の爛熟期。
独身だから 誰への気兼ねもなく
好きなときに 好きなだけ スキーに行ける!
その当時の住まいは大和市の会社の独身寮。
会社が休みの週末はというと・・・
11月はじめから まずは人工の狭山スキー場通い。
雪の降るのを待ち構えて
「滑走可能」とのニュースが入ったら ニュースになったスキー場に突撃。
これがだいたい11月下旬から12月上旬。
当時は 天神平が多かったかな。
今ほど人工降雪機が各スキー場に普及してなかったから
天然雪の早いスキー場に初すべりにいくことが多かった。
土曜夜7時のNHKニュースで「蔵王で初すべり」の映像が流れるのを見て
その1時間後にはひとり車に飛び乗って
一路 山形蔵王へ。
日曜早朝に着いて 初すべりを楽しみ
そのまま日曜の夜に東北道をひとり車を飛ばして帰ってきて…なんて単独弾丸日帰りスキーも平気でやってたなー。
会社の仲間とのスキーその1は
親しいスキー好き男女10人ほどでの
毎年恒例の安比ツアー。
これは豪華版。
会社終わりの金曜日に 東北新幹線使って盛岡に入り
まずは居酒屋で前夜祭を開催。その晩は盛岡のビジネスホテル泊。
翌朝、いよいよ安比にgo!
しこたま滑って、今は予約を取るのも難しいと聴く
名ペンションにお泊り。
夜は 映画鑑賞大会。
もちろん「わたスキ」を見た年もありました。
みんな もう何度もなんども 見てるんだけれどね。
会社の仲間とのスキーその2は
当時勤務していた会社の某支店をあげての
毎年恒例の大スキーツアー。
これはやはり会社終わりの金曜日に
大挙して上野駅から(当時は東京駅からではなかったんだよな)
上越新幹線に乗り込み
指定席じゃなく自由席を席取りして
ほとんど1両分の半分以上を占拠しちゃったりして。
周りの普通のお客さんにとっては
迷惑この上ないったらありゃしない。
だって、上野駅を発った途端から
湯沢までの1時間あまり 大宴会。
私が行ったのは石内丸山と苗場が1回ずつだったかな。
もち、私は当然のごとく幹事でした。下っ端幹事ですけど。
この支店スキーツアーの参加率はすさまじく、
支店長以下、ほぼ9割が参加。
当然、その全員がスキー好きというわけではなく
宴会目当てもかなりの多数。
中には、スキー場にスーツ、コートしか持っていかず
宴会以外の日中は
苗場プリンスのcafeなんかで
スーツ姿でうろつく輩も、、、
スキー場で見るスーツにコート姿って
かなり異様なんだと そのときはじめて気づきました。
会社の仲間とのスキーその3は
GWの志賀高原春スキーツアー。
これはだいたい3泊4日くらいの行程で
男女8人くらいで
当時はまだあった会社の保養所を早々に予約して毎年行ってました。
奥志賀の ざっくざく雪のコブを
体の限界を超えるまで
Tシャツ姿で攻めまくった記憶が甦ります・・・
でも
当時(いまもそうなんですが)は、この会社でのツアー以外は
ひとりでの日帰りスキーが多かったかな。
行く先も行き当たりばったりの気分次第。
土曜にハンタマ。
日曜に小海リエックス。
なんて、週末二股がけスキーなんてのもしょっちゅうだったかも。
ということで 1988年から90年にかけての
超個人的な「わたスキ」経済効果のワタクシ1人の1年分は・・・
「当時の私の年収を超えてました!!」
つまり
収入の全てをスキーにつぎ込み
足りなくて借金までしてしまうという生活。
夏に稼いで 冬に一気に遣いまくるという
ありとキリギリスのような生活。
(喩えがまちがってるかー?)
ピークの年の総滑走日数は
おそらく 60日近くだったのでは。
これは サラリーマンの週末onlyスキーヤーとしては
かなりの記録と思うのですが。。
しかし、この経済効果。
長くは続きませんでした。。
スキーブームが下火になったからではなく
借金雪だるまになりそうなことに あるとき ハッと気づいてしまったから・・・
というわけで20歳代終盤には無事に結婚もし
息子も生まれ
あかちゃん本舗に行く回数が増えた分
スキー場に行く回数は激減したのでした。。。
しかーし!
「わたスキ」経済効果はこれで終わったわけではなかった!
40歳代半ばを過ぎて
ワタクシのスキーの虫が完全に疼きはじめ
なんと無謀にも
あらためて
「スキーを極める」
なんて大それたことを 考え始めたのですから。
これを ワタシ的には
【「わたスキ」経済効果20年周期説】 と名づけたいと思います!
(「周期」なのか「一過性」なのか。周期は「20年」なのか「30年」なのかもっと長いのか。それらは、今後の実証待ちです・・・)
・・・「わたスキ」に触発されて
1990年前後の大スキーブームを先導した世代が
結婚や子育てを経て
心の片隅に抱き続けたスキーへの熱い想いとともに
雪の世界に帰ってくる。自分の子供たちを無理やり引き連れて。
そして子供たちの世代に
雪への熱い思いを受け継いでいく。
そして再びその子供たちの世代が、結婚や子育てを経て・・・
この理論に賛同される
「わたスキ」どんピシャ世代の方!
いらっしゃいませんか?
「ひょっとしたら そうかも・・・」と思われたなら
スキー場に向かう車の中でガンガンにユーミンをかけて
叶わなかった昔夢見た 「バーン」 を
あらためて心に秘め
自分と
スキーに携わる多くの方々とを
元気いっぱいに盛り上げるために
【20年周期の「わたスキ」経済効果】を一緒に高めていきましょう!!
「この靴でなら、行けると思う」
そう。まだ、まだ、行けますよ。
おじさんになったって 心は熱いんだから♪
http://yukibito.com/2112/diary/81/
ブロガープロフィール

tomtom
近いうちに戸隠でスキーをしてみたい!
40代半ばを過ぎ改めて「スキーを極めてみたい」と思い立ちました。テクニカル合格を目標に日々精進です。冬の戸隠はまだ未経験。近いうちに必ず!と思っています。
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